チェチェンニュース#386
http://d.hatena.ne.jp/chechen/20120227
■再び「チェチェン人のテロ」
(大富亮)
2月27日夕方から、各メディアで「プーチン暗殺未遂事件」があったという報
道が流れた。タイミングが良すぎる。情報源はすべてロシア国営テレビだけで、
裏付けに乏しいが、比較的情報量の多い日本語情報を挙げてみた。
報道“プーチン首相暗殺の計画”(NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120228/t10013333601000.html
プーチン暗殺計画の容疑者逮捕(WSJ)
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_399822
プーチン氏暗殺計画?大統領選後に車列狙い治安機関が未然に防止(産経)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120227/erp12022718500005-n1.htm
最初に言わなければならないのは、このメールを書いている私にも、この事件
がいわゆる「でっちあげ」なのか、事実に基づいているかは、わからないとい
うことだ。
しかし当局側の発表でも、容疑者たちが逮捕されたのは1月のことで、それか
ら今まで、ずっと隠されていたことになる。しかも発表したのは国営テレビだけ
で、この事自体がロシア国営メディアの体質を表現している。
ようするにプーチンに有利な報道をするのが、彼らの使命だ。
プーチンは、全体的な状況から考えれば、いつチェチェン人に暗殺されても不
思議ではないとも思う。1999年に首相になって以来、彼の指揮によって10万人以
上のチェチェンの民間人が殺されてきたのは歴史的な事実で、彼ほど恨みを買っ
ているロシア人もいないだろう。
しかし一方でプーチンは、常に「チェチェン人のテロ」によって、立場を強
め、あるいは補強してきた。典型的なのは、99年にモスクワで起きた連続アパー
ト爆破事件だ。これによってプーチンはチェチェンに軍事侵攻を開始し、ロシア
連邦保安局(FSB)の大佐あがりから、首相、大統領へと出世した。
そのアパート爆破事件は、チェチェン人の犯行とされながら、いまだに犯人
も特定できず、迷宮入りになっている。ありていに言うと、FSBの謀略だったか
らだ。
今回のプーチン暗殺事件も、その一種だろう。
謀略・事実いずれにしても、この1月のオデッサでの犯人逮捕が、2月も末の
昨日になってテレビで発表というのは、あまりにも演出が過ぎる。投票日直前に
こんな発表をして、チェチェン人の脅威を持ち出し、プーチンがテロと果敢に
戦っているというイメージを広めるといことは、逆にプーチン側の焦りを表現し
ていると見た方がいい。
ロシアでは数万人の市民が、寒さの中でデモに参加し、モスクワ全体を囲む環
状道路に「人間の鎖」をつないだ。
軍事評論家のアレクサンドル・ゴリツは、ラジオ・リバティーの取材に対して
こう語る。
「あきらかに、この未遂事件はプーチンの選挙キャンペーンの、もっとも重要
な時期に公表されました。このニュースが報道される前、多くの有識者が指摘
していました。何らかの新しい動きが必要だと。プーチンがこの国にとって重要
な人間であること、ロシアの敵からどれだけ憎悪されているかを示すために」
( http://www.rferl.org/content/foiled_plot_raises_questions_among_putin_critics/24497742.html)
軍拡以外にはこれといった政策もないプーチンにとって、このような暗殺未遂
事件やリークは、統治手段の一つだ。チェチェンはつまり、プーチンの支配
のための「装置」になってしまった。それはプーチンだけでなく、ロシアの歴史
を貫く法則なのかもしれないが・・・。
投票日まであと5日。それまでに、まだ何か起こるかもしれない。ロシアの選
挙に、何もできない自分が悔しい。
------------
チェチェンニュース#386
http://d.hatena.ne.jp/chechen/20120227/1330415633
ロシアでの「プーチン暗殺未遂事件」報道に関連して、もう一つ追加情報をお
送りします。カフカスセンターのサイトに、2月上旬に掲載されたもので、論評
のようなものを、その後に書きます。とりあえず、どうぞ。
■ウマーロフ、市民への攻撃停止を命令
(2012年2月3日、カフカスセンター、抵抗勢力のウェブサイト)
チェチェンのイスラム主義抵抗勢力のリーダー、ドック・ウマーロフは、ビデ
オメッセージで、ロシアの一般市民に対する攻撃を停止するよう命じた。ロシア
各地での対政府抗議行動から、すでにプーチンは大衆的支持を失っていると判断
したため。
カフカスセンターに投稿されたビデオの内容は次のようなものだ。
「私は、ロシアでの作戦準備中のすべての特殊グループに対して、平和的住民
に対する攻撃を停止するように命じる。現在、ロシアで起こっていること(大規
模なデモなど)から、すでにロシアの大衆はチェキストのプーチン政権を支持し
ておらず、むしろ人々はコーカサスにおいてイスラムに戦いを挑んでいる政府
の、人質であるといってもいい」
「チェキスト」とは、ロシアでよく使われる秘密警察員という意味の用語で、
彼らは元KGBエージェントであるプーチンのもと、ひときわ権力を強めた。
3月4日の大統領選挙で、プーチンは歴史的な、3期目を務めるロシア大統領に
なると見られているが、これまでのロシア全土にわたる冷徹な支配も、反体制派
の大規模な抗議行動によって揺さぶられている。
「もしこの平和的住民たちが、イスラムに対する戦争に加担しないのであれ
ば、我々の信仰は、この人々に手を触れないようにと、告げることだろう」とし
た上で、「この人々は、確かにプーチンを支持してはいない」と強調した。
ウマーロフは、ここ数年、ロシアによる暗殺攻撃を何度も回避してきた。ビデ
オの中の彼は、雪で被われた森の中で、カーキ色の軍服を着て、二人の同志には
さまれて座っている。
市民への攻撃を停止したあとは、「正確にロシア側の治安部隊や、堕落した政
府、およびアラーの敵に対する特殊作戦を実行する」と語った。
カフカスセンターは、ウマーロフはこの「布告」によって、ロシア国民の「地
位を変更」したものと評価する。
Source: AFP Kavkaz Center
http://www.kavkazcenter.com/eng/content/2012/02/03/15749.shtml
このニュース、知っている人はいましたか。私は知らなくて、人に教えても
らったばかりです。
ドック・ウマーロフは、これまで「ロシアの一般市民も攻撃する場合がある」
と言っていたので、方針転換をしたことになるのだが、この手のニュースは、
まったく報道する価値はないようだ。
以前も、第三代大統領のマスハードフがロシアに対する「一方的停戦」を宣言
したことがあったが、それはほとんどニュースにならず、その直後にロシア側に
暗殺された(!)ことだけは、辛うじて報道された。この情報のアンバランス。
言うまでもなく、ロシア政府のような大国の政府は、国営通信社やテレビをい
くつも抱えていて、そこでは嘘でも本当でも世界中に情報を発信できる。受け身
で待っていると、その怪しげな、しかし声高な情報に対して、過去の事実をもと
に反論することしかできない(とくに、今回のようなケース)。
暗殺事件報道と、このウマーロフの声明が、対になっているわけではないもの
の、圧倒的な情報発信資源の差というものを、まざまざと感じる。
チェチェン戦争は、そもそも、プロの関取と中学生が同じ土俵で相撲を取るよ
うな、非対称の戦争だ。しかも、関取(ロシア)がむりやり中学生(チェチェ
ン)を土俵に引きずり上げた経緯がある。それを正確に伝えるには、どんなこと
をしたらいいのだろうか。途方に暮れる。
なお、3月8日は、マスハードフが殺害されて7年目の記念日です。
くわしくは、こちら: http://chechennews.org/chn/0508.htm
(大富)
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がいわゆる「でっちあげ」なのか、事実に基づいているかは、わからないとい
うことだ。
しかし当局側の発表でも、容疑者たちが逮捕されたのは1月のことで、それか
ら今まで、ずっと隠されていたことになる。しかも発表したのは国営テレビだけ
で、この事自体がロシア国営メディアの体質を表現している。
ようするにプーチンに有利な報道をするのが、彼らの使命だ。
プーチンは、全体的な状況から考えれば、いつチェチェン人に暗殺されても不
思議ではないとも思う。1999年に首相になって以来、彼の指揮によって10万人以
上のチェチェンの民間人が殺されてきたのは歴史的な事実で、彼ほど恨みを買っ
ているロシア人もいないだろう。
しかし一方でプーチンは、常に「チェチェン人のテロ」によって、立場を強
め、あるいは補強してきた。典型的なのは、99年にモスクワで起きた連続アパー
ト爆破事件だ。これによってプーチンはチェチェンに軍事侵攻を開始し、ロシア
連邦保安局(FSB)の大佐あがりから、首相、大統領へと出世した。
そのアパート爆破事件は、チェチェン人の犯行とされながら、いまだに犯人
も特定できず、迷宮入りになっている。ありていに言うと、FSBの謀略だったか
らだ。
今回のプーチン暗殺事件も、その一種だろう。
謀略・事実いずれにしても、この1月のオデッサでの犯人逮捕が、2月も末の
昨日になってテレビで発表というのは、あまりにも演出が過ぎる。投票日直前に
こんな発表をして、チェチェン人の脅威を持ち出し、プーチンがテロと果敢に
戦っているというイメージを広めるといことは、逆にプーチン側の焦りを表現し
ていると見た方がいい。
ロシアでは数万人の市民が、寒さの中でデモに参加し、モスクワ全体を囲む環
状道路に「人間の鎖」をつないだ。
軍事評論家のアレクサンドル・ゴリツは、ラジオ・リバティーの取材に対して
こう語る。
「あきらかに、この未遂事件はプーチンの選挙キャンペーンの、もっとも重要
な時期に公表されました。このニュースが報道される前、多くの有識者が指摘
していました。何らかの新しい動きが必要だと。プーチンがこの国にとって重要
な人間であること、ロシアの敵からどれだけ憎悪されているかを示すために」
( http://www.rferl.org/content/foiled_plot_raises_questions_among_putin_critics/24497742.html)
軍拡以外にはこれといった政策もないプーチンにとって、このような暗殺未遂
事件やリークは、統治手段の一つだ。チェチェンはつまり、プーチンの支配
のための「装置」になってしまった。それはプーチンだけでなく、ロシアの歴史
を貫く法則なのかもしれないが・・・。
投票日まであと5日。それまでに、まだ何か起こるかもしれない。ロシアの選
挙に、何もできない自分が悔しい。
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ロシアでの「プーチン暗殺未遂事件」報道に関連して、もう一つ追加情報をお
送りします。カフカスセンターのサイトに、2月上旬に掲載されたもので、論評
のようなものを、その後に書きます。とりあえず、どうぞ。
■ウマーロフ、市民への攻撃停止を命令
(2012年2月3日、カフカスセンター、抵抗勢力のウェブサイト)
チェチェンのイスラム主義抵抗勢力のリーダー、ドック・ウマーロフは、ビデ
オメッセージで、ロシアの一般市民に対する攻撃を停止するよう命じた。ロシア
各地での対政府抗議行動から、すでにプーチンは大衆的支持を失っていると判断
したため。
カフカスセンターに投稿されたビデオの内容は次のようなものだ。
「私は、ロシアでの作戦準備中のすべての特殊グループに対して、平和的住民
に対する攻撃を停止するように命じる。現在、ロシアで起こっていること(大規
模なデモなど)から、すでにロシアの大衆はチェキストのプーチン政権を支持し
ておらず、むしろ人々はコーカサスにおいてイスラムに戦いを挑んでいる政府
の、人質であるといってもいい」
「チェキスト」とは、ロシアでよく使われる秘密警察員という意味の用語で、
彼らは元KGBエージェントであるプーチンのもと、ひときわ権力を強めた。
3月4日の大統領選挙で、プーチンは歴史的な、3期目を務めるロシア大統領に
なると見られているが、これまでのロシア全土にわたる冷徹な支配も、反体制派
の大規模な抗議行動によって揺さぶられている。
「もしこの平和的住民たちが、イスラムに対する戦争に加担しないのであれ
ば、我々の信仰は、この人々に手を触れないようにと、告げることだろう」とし
た上で、「この人々は、確かにプーチンを支持してはいない」と強調した。
ウマーロフは、ここ数年、ロシアによる暗殺攻撃を何度も回避してきた。ビデ
オの中の彼は、雪で被われた森の中で、カーキ色の軍服を着て、二人の同志には
さまれて座っている。
市民への攻撃を停止したあとは、「正確にロシア側の治安部隊や、堕落した政
府、およびアラーの敵に対する特殊作戦を実行する」と語った。
カフカスセンターは、ウマーロフはこの「布告」によって、ロシア国民の「地
位を変更」したものと評価する。
Source: AFP Kavkaz Center
http://www.kavkazcenter.com/eng/content/2012/02/03/15749.shtml
このニュース、知っている人はいましたか。私は知らなくて、人に教えても
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ドック・ウマーロフは、これまで「ロシアの一般市民も攻撃する場合がある」
と言っていたので、方針転換をしたことになるのだが、この手のニュースは、
まったく報道する価値はないようだ。
以前も、第三代大統領のマスハードフがロシアに対する「一方的停戦」を宣言
したことがあったが、それはほとんどニュースにならず、その直後にロシア側に
暗殺された(!)ことだけは、辛うじて報道された。この情報のアンバランス。
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暗殺事件報道と、このウマーロフの声明が、対になっているわけではないもの
の、圧倒的な情報発信資源の差というものを、まざまざと感じる。
チェチェン戦争は、そもそも、プロの関取と中学生が同じ土俵で相撲を取るよ
うな、非対称の戦争だ。しかも、関取(ロシア)がむりやり中学生(チェチェ
ン)を土俵に引きずり上げた経緯がある。それを正確に伝えるには、どんなこと
をしたらいいのだろうか。途方に暮れる。
なお、3月8日は、マスハードフが殺害されて7年目の記念日です。
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