http://watashinim.exblog.jp/17858802/
安倍晋三の、岡崎久彦との対談本を読んでいたら、興味深い発言に遭遇した。以下は、総理大臣の靖国参拝に関する安倍の意見である。
「A級戦犯が合祀をされているから、参拝してはだめだ、けしからん人間だと国が判断するというのは、きわめておかしなことです。例えば賀屋興宣氏も重光葵氏も両氏ともA級戦犯です。しかし彼らは赦免されて、政界に復帰します。賀屋さんは池田内閣の法務大臣、重光さんは鳩山内閣の外務大臣になって、国連に日本が復帰したときの日本代表を務めました。そして重光さんは戦後、勲一等に叙せられています。批判する人たちは、そうした歴史をどうしようというのでしょうか。消すことはできません。
実際、戦後、国民の間から、1952年4月28日に発効した対日講和条約以降も服役しなければならない戦犯の早期釈放を求める声が高まり、日弁連が政府に提出した意見書が皮切りになって、全国から四千万人もの署名が集まります。(中略)
A、B、C級のいずれを問わず、戦争裁判による死亡者を、一般戦没者と同様の戦争による公務死と認定しました。また戦争裁判受刑者本人に対する恩給も、従来、欠格者となってしまうところを、改正することで拘禁期間を在職期間に通算して支払われるようになりました。
一方、昭和28年8月3日、国会で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が決議されて、A級は56(昭和31)年3月31日、B、C級は58(昭和33)年をもってすべて釈放しています。つまり、名誉回復がなされて、罪がなかったということにしたわけです。」(安倍晋三・岡崎久彦『この国を守る決意』扶桑社、2004年1月、147〜148頁)
「毎年、8月15日に、天皇皇后両陛下をお迎えして武道館で行なわれる戦没者慰霊式には、かつてのA級戦犯を含めて戦犯とされた皆さんのご遺族もお招きをしております。靖国神社を批判するならば、そちらも批判しなければなりませんが、批判する人たちは、そこまではしきらないわけです。」(同書、149頁)
安倍は恐ろしく正しいことを言っている。つまり、戦後日本社会を肯定するならば、歴史認識の観点からは、首相の靖国公式参拝を否定することはできないのである。(もちろん「戦後日本社会の肯定」でも同じである)。このブログでも何度も指摘してきているように、2005・6年以降のリベラル・左派の右傾化を支えてきたのは、「戦後日本」の肯定、という欲望だった。政府レベルではもちろん、民衆レベルでも、A級戦犯が指導層にいる体制は結局容認されたし、A級戦犯容疑者の岸信介は総理になった。A級戦犯ではないが、アヘン政策に関与していた大平正芳が「ハト派」の首相だったのが「戦後日本」である。A級戦犯と骨がらみである「戦後日本」の歴史は「消すことはでき」ない。だから、メディア上で、「平和国家日本」やら「脱格差」やら「三丁目の夕日」やら「(震災復興は)戦後復興のつもりで頑張る」(菅直人)やら、近年繰り返された「戦後日本」の全面肯定の後で、首相の靖国公式参拝容認の声が世論調査でも増大していることは、何ら不思議ではないどころか、論理的帰結ですらある。
zed氏が問題を指摘しているように、孫崎享の『戦後史の正体』のような、重光や岸信介をヒーロー扱いする本がリベラル・左派の間でブームになっていたということは、彼ら・彼女らが安倍の主張に対してまともに対抗できない、または対抗する気のないことを意味している。
私にも話させて
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安倍晋三の、岡崎久彦との対談本を読んでいたら、興味深い発言に遭遇した。以下は、総理大臣の靖国参拝に関する安倍の意見である。
「A級戦犯が合祀をされているから、参拝してはだめだ、けしからん人間だと国が判断するというのは、きわめておかしなことです。例えば賀屋興宣氏も重光葵氏も両氏ともA級戦犯です。しかし彼らは赦免されて、政界に復帰します。賀屋さんは池田内閣の法務大臣、重光さんは鳩山内閣の外務大臣になって、国連に日本が復帰したときの日本代表を務めました。そして重光さんは戦後、勲一等に叙せられています。批判する人たちは、そうした歴史をどうしようというのでしょうか。消すことはできません。
実際、戦後、国民の間から、1952年4月28日に発効した対日講和条約以降も服役しなければならない戦犯の早期釈放を求める声が高まり、日弁連が政府に提出した意見書が皮切りになって、全国から四千万人もの署名が集まります。(中略)
A、B、C級のいずれを問わず、戦争裁判による死亡者を、一般戦没者と同様の戦争による公務死と認定しました。また戦争裁判受刑者本人に対する恩給も、従来、欠格者となってしまうところを、改正することで拘禁期間を在職期間に通算して支払われるようになりました。
一方、昭和28年8月3日、国会で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が決議されて、A級は56(昭和31)年3月31日、B、C級は58(昭和33)年をもってすべて釈放しています。つまり、名誉回復がなされて、罪がなかったということにしたわけです。」(安倍晋三・岡崎久彦『この国を守る決意』扶桑社、2004年1月、147〜148頁)
「毎年、8月15日に、天皇皇后両陛下をお迎えして武道館で行なわれる戦没者慰霊式には、かつてのA級戦犯を含めて戦犯とされた皆さんのご遺族もお招きをしております。靖国神社を批判するならば、そちらも批判しなければなりませんが、批判する人たちは、そこまではしきらないわけです。」(同書、149頁)
安倍は恐ろしく正しいことを言っている。つまり、戦後日本社会を肯定するならば、歴史認識の観点からは、首相の靖国公式参拝を否定することはできないのである。(もちろん「戦後日本社会の肯定」でも同じである)。このブログでも何度も指摘してきているように、2005・6年以降のリベラル・左派の右傾化を支えてきたのは、「戦後日本」の肯定、という欲望だった。政府レベルではもちろん、民衆レベルでも、A級戦犯が指導層にいる体制は結局容認されたし、A級戦犯容疑者の岸信介は総理になった。A級戦犯ではないが、アヘン政策に関与していた大平正芳が「ハト派」の首相だったのが「戦後日本」である。A級戦犯と骨がらみである「戦後日本」の歴史は「消すことはでき」ない。だから、メディア上で、「平和国家日本」やら「脱格差」やら「三丁目の夕日」やら「(震災復興は)戦後復興のつもりで頑張る」(菅直人)やら、近年繰り返された「戦後日本」の全面肯定の後で、首相の靖国公式参拝容認の声が世論調査でも増大していることは、何ら不思議ではないどころか、論理的帰結ですらある。
zed氏が問題を指摘しているように、孫崎享の『戦後史の正体』のような、重光や岸信介をヒーロー扱いする本がリベラル・左派の間でブームになっていたということは、彼ら・彼女らが安倍の主張に対してまともに対抗できない、または対抗する気のないことを意味している。
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