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Channel: 薔薇、または陽だまりの猫
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福島で想う「レスキュー来ない感」詩人・和合亮一×社会学者・開沼博/DIAMONDonlineから

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対談 漂白される社会
【第6回】 2013年4月30日 開沼 博,和合亮一
http://diamond.jp/articles/-/35106

心の記録を続けることで記憶をつくりたい
「結」のない福島のいまを伝え続ける

原発立地地域のフィールドワークで注目を集め、最新刊『漂白される社会』(ダイヤモンド社)では、売春島、ホームレスギャルといった「見て見ぬふり」をされる存在に迫り続ける社会学者・開沼博。そして、東日本大震災を機にそれまでの自分を捨て去り、「詩の礫」としてTwitterでありのままを紡ぎ始めた詩人・和合亮一。
3月11日の震災報道を見ても、ありもしないゴールを震災復興に見出だし、安心しようとする動きが少なくない。開沼・和合両氏は、なぜ安易な結論を求める流れに抗い続けるのか?対談最終回ではその真意が語られる。

心の記録を続けることで記憶をつくる
開沼 『詩の礫 起承転転』(徳間書店)を通読して、いろいろな思いが込められていることを感じましたが、なかでも「怒り」は印象に残りました。様々な形で表現される怒りがひとつの方向に向かっているようにも感じましたし、その怒りの正体が何かとは明言できるものではないのかもしれません。

 例えば、ベン・シャーンの話にしても、「事故を起こした人が悪いのか」「作品展示を企画した人間が悪いのか」「作品展示を受け入れるときに少しでもできたことがあったんじゃないか」といったように、様々な責任の所在があり得えます。明示はされていませんが、和合さんが怒りを伝えたいことはわかるというのが僕の感想です。

 本当は「これが悪い」と断言すべきなのか、ご自身のなかで曖昧だから書いていないのか。その迷いは最後に登場する「鬼」という表現に集約されているのかもしれません。怒りが中心にあるんだけど、その中心をあえて消しながら書かれている。もっと言うと、名指さないからこそ書けることを書いているのかなという印象を持ちました。いかがでしょうか?

和合 怒りをぶつけようがないんですよね。例えば、除染1つにしてもそうです。これも『起承転転』には書きましたけど、僕の家には、僕が小さいときから育てている柿の木とクルミの木がありましたけど、除染のときに全部切ることにしたんです。除染の作業はとても丹念に行いました。取り除いた土は庭の一角に埋めて、そこには棒を立てて近づかないようにしています。一事が万事ですが、その土すらどこかに持っていきようもないんですよ。

 持っていきどころのない感情というのは、これまで我々が経験してきた感情のどれにも属さないわけですよね。そういった属さない感情を記録したいと思います。たぶん、これが作家であれば、ベン・シャーンの件ついて細かく追求したり、除染にしても何にしても、もっと違うアプローチがあるのでしょう。詩人の僕は、心の記録を作っていきながら、記録を続けることで記憶をつくり出したい。『起承転転』もそういった想いで書きました。

 本来、1冊の書物には、問いがあって、入り口があって、1つの答えがあって、出口があるのかしれません。しかし、例えば復興にしても、福島の現状はすべてが起承転転です。そうした「出口のなさ」というものを心に記録したいなと思っています。

・・・以下全文を
http://diamond.jp/articles/-/35106で・


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